ペンタックスは旭光学のいちブランドでした。
つまり、ペンタックスの始まりは旭光学なのです。
ペンタックスが逆光に強いのは、このせいでしょうか。
こころなしか逆境にも強いような気もしますが。
2枚目の↑なんて、smcですらないのです。
旭光学は旭に強いなぁ。←オチがそれかい

PENTAX K-50
smc takumar 50mm macro
takumar 17mm fish-eye
ロケ地 福井県坂井市三国町・三国成田山

この記事へのコメント

  • aoco23102

    Qちゃん、こんばんは。
    そういえば、旭光学はどのような由来で設立されたのでしょうね。梶原熊雄氏が1919(大正8)年に、旭光学合資会社を創業し、眼鏡レンズの研磨からスタート。国産初の映写用アオコ(aoco)レンズや、他社のカメラのレンズの製造などで、順調に展開するも、1936年(2・26事件があった年)に突然の病に倒れて、遠縁にあたる松本三郎氏にバトンタッチ。松本氏はレンズ、双眼鏡、天体望遠鏡から、カメラ製造に舵を切り、それこそ「旭日昇天」で旭光学を発展させていきました。

    松本社長は先代社長の弟で、写真家でもあった梶原琢磨氏から自社のレンズをタクマーと命名してもいて、梶原氏の夢を松本氏が具現化したと言えると考えています。
    2019年08月10日 20:06
  • >aoco23102さん
    戦前から創業していると、戦争とは無関係ではいられなかったでしょうね。ニコンも戦艦大和の測距儀を造っていたそうですし、旭光学も何らかのかたちで戦争と関わっていたのかもしれません。光学機器は兵器にもなりえるので、「お国」も黙っていなかったことでしょうから。ライカも、そうでしたよね。
    軍需産業なら、造れば売れる時代。もしかすると旭光学の設立には、そのような背景があるのかもしれません。だからこそ戦後は大衆機を作り続けたのかと、これは根拠のない推測ですが。
    2019年08月11日 01:58

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